人探し、記憶の迷宮。思い出が薄れゆく高齢男性がアメリカやカナダを股にかける一級のサスペンスです。ストーリーのヒントを知らず先読みせずに観れば観るほど、堪能できるはず。こちらではネタバレを回避しながら、ナチスドイツについても触れてまいります。
あらすじ
最愛の妻の死も覚えていられないほど、もの忘れがひどくなった90歳のゼブ。ある日、ゼブは友人のマックスから1通の手紙を渡される。2人はナチスの兵士に家族を殺された、アウシュビッツ収容所の生存者だった。手紙にはナチスの兵士に関する情報が記されていた。兵士の名前はルディ・コランダー。身分を偽り、今も生きているという。容疑者は4人。体が不自由なマックスの思いも背負って、ゼブは復讐を決意。1通の手紙とおぼろげな記憶だけを頼りに単身、旅に出る。
作品情報

公開日
2016年10月28日
上映時間
95分
原題
Remember
監督・キャスト
監督:アトム・エゴヤン
主要キャスト: クリストファー・プラマー、マーティン・ランドー、ブルーノ・ガンツ
予告編
感想レビュー

高齢なためにスムーズにいかないことも多いゼブ。友人マックスの手配や周囲の助けもあって、ゼブは手紙の指示をこなそうと奮闘します。が、記憶だけではなく身体的にも辛そうな姿に、いつ倒れるかとハラハラが続きました。アメリカとカナダ間の入国審査に始まり、数々の障壁には緊張が高まります。
ゼブを演じるのは、今年2月に91歳で逝去したクリストファー・プラマー。82歳でアカデミー助演男優賞を獲得し、最高齢受賞記録を打ち立てた名優です。本作の公開時は86歳。不安や焦燥、笑顔、そしてピアノを奏でる指先の確かさ! 堂々とした立ち姿も、一転して怯えた表情も、素晴らしいの一言です。
本作は『エド・ウッド』でアカデミー賞助演男優賞に輝いたマーティン・ランドーの遺作でもありました。終始、車椅子での演技。眼光の輝きはさすが! また、ヒトラー役から『アルプスの少女ハイジ』のおじいさん役まで、多岐に及ぶ出演を誇るブルーノ・ガンツも見事です。年配の俳優の映画の少なさを憂いて書かれた脚本に、あり余る肉付けをしてくれました。
劇中で語られる「水晶の夜」は1939年11月10日から11日未明にかけて、ドイツ各地のユダヤ人居住地域や商店が襲撃された事件。割られたガラスが散乱した様子から、そう名付けられた暴動です。本作のようにナチス戦犯追及のための情報収集・提供活動を行っている人々はナチ・ハンターと呼ばれ、今もその多くが組織的に活動しています。昨年2020年7月にも、ナチスの強制収容所においてユダヤ人収容者の虐殺に関与したとして、93歳の元看守がドイツで有罪判決を受けました。
まとめ

ゼブが出会う人々の背景に、戦中戦後の時の流れが滲みます。ナチスドイツを扱いながら単純な感動作に終わっていないからこそ、余韻が強く残ることでしょう。戦争が人間をどんなふうに翻弄したのか、彼らの人生の傷に圧倒されるのみ。テーマはかなり深刻ですが、謎解きのような構成が実に面白いのです。ゼブが旅の最後に辿り着くのが、どんな光景なのか。未見の方にはぜひ無心でご覧になっていただきたい一作です。
(文:キタコ)