新井英樹の原作をほとんど妥協せずに実写化した吉田恵輔監督の判断と気合いに脱帽。
前半のソフトな部分を紹介しつつ、新井英樹の創作論にも軽く触れた。
あらすじ
閉塞的な田舎町に暮らす42歳の宍戸岩男(安田顕)は未だ独身。ある日手ひどい失恋をしたことで何かが吹っ切れた岩男は、国際結婚斡旋会社を頼りフィリピン女性を妻にすることに決めた。両親にも誰にも言わずに準備を進め単身フィリピンに飛び、岩男は半ばやけくそにアイリーンという名の少女(ナッツ・シトイ)を娶った。日本語がほとんど話せないアイリーンを連れ帰宅すると、なんと父親の葬儀の真っ最中。昔かたぎの母親(木野花)は猟銃を持ち出し、自分かアイリーンのどちらかを撃て、と岩男に迫る。しかしこれは波乱の新婚生活の幕開けに過ぎなかった。
作品情報

公開日
2018年9月14日
上映時間
137分
監督・キャスト
監督:吉田恵輔(「吉」は「つちよし」が正式表記)
主要キャスト: 安田顕、ナッツ・シトイ、河井青葉、ディオンヌ・モンサント、福士誠治、品川徹、田中要次、伊勢谷友介、木野花
予告編
公式サイト
映画『愛しのアイリーン』公式サイト
感想レビュー
新井英樹のマンガを原作にした映画と聞いてまず思うのは、”大丈夫か!?”ということである。マンガ原作の映画化という時点でまず一定のハードル、独特の難しさがあるはずだが、こと新井英樹の原作となると、表現は過激だし、人間の醜さを手加減なく描くし、類型的な大団円など期待できない。しかしながら新井英樹作品の魂を歪めずに描いたこの映画にとってそれは杞憂だった。
岩男は恋に飢え、愛に飢え、セックスに飢えていた。失恋で恋やら愛やらに嫌気が差し、やけくそ気味に金で”夫婦”という入れ物とセックスだけ買ったつもりの岩男だったが、当初アイリーンには関係を結ぶことを拒まれる。岩男は「こっちは300万出してるんだぞ」と迫り、電子レンジを頭にお見舞いされる。
アイリーンも全て承知の打算の上で家族のために結婚を選択したはずだったが、彼女にとっても恋やら愛やらは未経験であった。その上言葉のわからない異国で姑から殺されそうになり、家の敷居もまたがせてもらえない状況で、とてもそんな気持ちにはなれない。なんともひどい話で、現実を直視すると二人には愛も夢も何もない。
原作者の新井英樹は ”全てを否定していって、それでも否定できないことが出てきたらそれを信用する” というような考え方を多くの作品で実践していて、映画『愛しのアイリーン』でもそれは同様で手加減はない。
個人的にもっとも精神的にくるのは岩男の母・ツルで、原作が1995年に連載開始という事から考えると、1953年に岩男を産んだ母ということになり、現代っ子にはなかなか理解し難い昔かたぎな女性である。岩男の前に3人の子供を失っており(昔は珍しくはなかった)、現代人の感覚だと死にたくなるような古い日本の家庭でイビられながらも大願かなって岩男を授かった。そんなツルだから、岩男が42歳になろうと、息子への愛と執着は常軌を逸したレベルですさまじく、アイリーンに対して様々な嫌がらせや排除行動を取るのだ。原作ではマンガ的表現の多かった母親を、木野花が自然に実体化させているのは見事。
果たしてこんな境遇でどうやったら岩男とその家族は幸せになれるだろうか。そこに明確な答えなんて無い。まだ観てない人は覚悟して観てほしいが、この映画の持つ衝撃やパワーだけは保証できる。映画の終盤、冬山の雪原で、ツルがどんなに憎んでも、原作者である新井英樹がどんなに否定しても、それでも残るものが何だったのか、孤独だった岩男は自分の愛にたどり着けたのか、確かめてみてほしい。
まとめ
最初はマンガの実写化というだけあって特徴的なアイリーンの演技に違和感を感じるが、その違和感が後から効いてくる仕掛けは原作と同様であった。原作ものはどうしても原作との違いを探られながら鑑賞されるものだが、原作のパワーを維持したまましっかり単体で成立する怪作に仕上げた監督と、少し間違えばマイナスイメージを抱えかねないような難しい役を演じた俳優陣に拍手を送りたい。
(文:フレームホッパー)